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仙台高等裁判所 昭和28年(う)543号 判決 1953年9月30日

控訴人 原審検察官

被告人 岩佐己之七

弁護人 八島喜久夫

検察官 屋代春雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役四月に処する。

ただし、この裁判確定の日から貳年間右刑の執行を猶予する。

原審の押収にかかる木綿反物貳反(証第一号)を没収する。

被告人から金貳万円を追徴する。

理由

検察官屋代春雄の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の仙台地方検察庁検察官千葉勝治名義の控訴趣意書の記載と同じであるから、これを引用する。

検察官の控訴趣意第一点について。

刑事訴訟法第三百十九条第二項が被告人の自白のほかに補強証拠を要するとしている趣旨は、被告人の自白があつても、それが客観的に犯罪が全然実在せず全く架空な場合があり得るのであるから、客観的事実の実在については自白があつてもなお補強証拠によつてその確実性を担保することを必要としたものと解せられる。従つて、自白にかかる事実の真実性を保障し得るものである限り、その補強証拠は情況証拠であつても差支なく、自白と相待つて全体として犯罪構成要件たる事実を認定し得るものであれば足り、又必ずしも自白にかかる構成要件事実の全部に亙つてもれなくこれを裏付けするものであることを要しないものというべきである。本件において、原判決は、被告人が昭和二十七年九月十六日頃宮城県刈田郡白石町横山富雪方において、同年十月一日施行の衆議院議員選挙の立候補者佐藤忠治郎の選挙運動者たる同人から、同候補のための投票取纒の資金及び報酬として現金一万円の供与を受けたとの公訴事実につき、被告人は自白しているけれどもその自白を補強するに足る証拠がないとして無罪の言渡をしている。しかし、記録に徴するに、右自白の趣旨は、被告人は右日時前日横山富雪から高橋覚治と二人で来るようとの電話があつたので、高橋と二人で横山方へ行くと、横山は被告人を別室に呼んで、足代だと言つてハトロン封筒の厚いのに入れた現金一万円を渡したというのであり、なおその際別に星政吉に渡してくれと依頼されて一万円を受取つたというのであるところ、高橋覚治の検察官に対する第七回供述調書によれば、右日時に高橋覚治と被告人と二人で横山富雪方を訪ねると、被告人だけ横山から別室に呼ばれて十分位して出て来た事実、高橋自身もその五、六日前選挙事務所で横山から一万円貰つている事実及び選挙の時期でもあり被告人だけ別室へ呼ばれたのであるからその際きつと選挙の金を貰つたに違いないと思つた事実が各認められ、なお星政吉の検察官に対する第一回供述調書(謄本)によれば、同年九月十九日頃被告人が星政吉方を訪ねた際同人に対し選挙で預つた金があるから一万円置いて行くと言つて金を星に渡した事実が認められる。以上の事実は情況事実であり、それだけでは独立して本件犯罪の客観的事実全部を裏付けするものではないけれども、自白と総合するときは、これを以て全体として被告人の自白にかかる事実の真実性を保障し得るものと解するのが相当であるから、前記証拠は補強証拠たり得るものというべきである。されば、これを目して自白を補強するに足らずとして無罪を言渡した原判決は、判決に影響を及ぼすことが明かな法令違反の違法をおかしたものである。そして、右の公訴事実と原判決認定の事実とは刑法第四十五条前段の併合罪の関係にあるから、原判決は全部破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、検察官の爾余の控訴趣意に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し、宮城県第一区より立候補した佐藤忠治郎の選挙運動者であるが

第一、同候補者の選挙運動者横山富雪から、同候補者のため投票取纒運動をすることの報酬及び買収資金等として供与するものであることの情を知りながら

(一)昭和二十七年九月八日頃、宮城県刈田郡白石町堂場前同候補者選挙事務所において、現金五千円

(二)同年同月十六日頃、同県同郡同町堂場前九十四番地横山富雪方において、現金一万円

(三)同年同月二十一日頃、同県亘理郡山下村の肩書自宅において、被告人の妻しげのを介して、現金五千円の各供与を受け

第二、同年九月二十四日頃、同県亘理郡山下村山寺字浜百十九番地岩佐浩方において、同人から

(一)同候補者のため選挙運動をしたことの報酬等として供与するものであることの情を知りながら、木綿反物一反(証第一号の一部)の供与を

(二)選挙人田所栄に対し同候補者のため選挙運動をしたことの報酬として供与すべき旨の依頼をうけて、木綿反物一反(証第一号の一部)の交付を

各受け

第三、前記横山富雪と共謀の上、同年九月十九日頃、同県同郡荒浜町字隈崎百六番地星政吉方において、選挙人たる同人に対し、同候補者に当選を得しめる目的を以て、同候補者のため投票及び投票取纒運動をすることの報酬等として、現金一万円を供与し

たものである。

(証拠の標目)

判示冐頭の事実は原審第一回及び第三回各公判調書中被告人の供述記載によりこれを認め

判示第一の(一)の事実(第一の冐頭の事実を含む、以下同じ)は

(1)原審第一回及び第三回各公判調書中被告人の供述記載

(2)被告人の検察官に対する第三回及び第四回各供述調書

(3)大槻精二の検察官に対する第三回供述調書

判示第一の(二)の事実は

(1)原審第一回及び第三回各公判調書中被告人の供述記載

(2)被告人の検察官に対する第三回及び第四回各供述調書

(3)高橋覚治の検察官に対する第七回供述調書

(4)星政吉の検察官に対する第一回供述調書(謄本)

判示第一の(三)の事実は

(1)原審第一回及び第三回公判調書中被告人の供述記載

(2)被告人の検察官に対する第三回及び第四回各供述調書

(3)岩佐しげのの検察官に対する第一回供述調書

判示第二の事実は

(1)原審第一回及び第三回各公判調書中被告人の供述記載

(2)被告人の検察官に対する第一回供述調書

(3)岩佐浩の検察官に対する第四回供述調書(謄本)

(4)岩佐しげの作成の任意提出書及び司法警察員作成の領置調書

(5)原審押収にかかる木綿反物二反(証第一号)

判示第三の事実は

(1)原審第一回及び第三回各公判調書中被告人の供述記載

(2)被告人の検察官に対する第二回及び第三回各供述調書

(3)星政吉の検察官に対する第一回供述調書(謄本)

を各総合して、これを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一(一)乃至(三)の所為は各公職選挙法第二百二十一条第一項第四号第一号に、第二(一)の所為は同法条同項第四号第三号に、第二(二)の所為は同法条同項第五号第三号に、第三の所為は同法条同項第一号刑法第六十条に該当するところ、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択の上、同法第四十七条第十条により、犯情の最も重いと認める判示第三の罪の刑に併合罪の加重を施した刑期範囲内で、被告人を懲役四月に処し、情状に因り同法第二五条を適用して、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、原審押収にかかる反物二反(証第一号)は判示第二(一)(二)の罪により収受し又は交付を受けた利益であるから、公職選挙法第二百二十四条前段によりこれを没収することとし、被告人が判示第一の各所為に収受した現金二万円は、これを没収することができないから、同法条後段に従い、被告人からその価額を追徴すべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 松村美佐男 裁判官 細野幸雄)

検察官の控訴趣意

第一点、原判決は法令の適用を誤つた違法がある。即ち、本件公訴事実は「被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し宮城県第一区より立候補した佐藤忠治郎の選挙運動者なるところ

第一、同候補者に当選を得しめる目的で供与するものであることの情を諒知し乍ら(一)同年九月八日頃の午後一時過ぎ頃刈田郡白石町堂場前同候補者選挙事務所に於て選挙運動者たる横山富雪より投票取纒めの資金並にその運動報酬として現金五千円の供与を受け、(二)同月十六日頃の午前十時過ぎ頃同町堂場前九四番地横山富雪方に於て同人より前同様の資金並に報酬として現金一万円の供与を受け、(三)同月二十一日頃の午後六時頃肩書住居に於て同人より同郡吉田村方面に於ける投票取纒めの資金並にその運動報酬として現金五千円の供与を受け(四)同月二十四日頃亘理郡山下村山寺字浜百十九番地岩佐浩方に於て同人より選挙運動の報酬として木綿反物一反の供与を受け、

第二、同候補者に当選を得しめる目的を以て前記横山富雪と共謀の上同年九月十九日頃同郡荒浜町字隈崎一〇六番地星政吉方に於て選挙人であり且つかねて同候補者のための投票並に選挙運動を依頼していた同人に対し、投票並に運動することの報酬として現金一万円を供与し

第三、同候補者に当選を得しめる目的で交付するものであることの情を諒知し乍ら同月二十四日頃前示岩佐浩方に於て同人より選挙人である同郡山下村田所栄に対し投票並に投票取纒めの報酬として供与せられ度き旨の依頼を受けて木綿反物一反の交付を受け

たものである。」というにあり、これに対し原審仙台地方裁判所は右公訴事実中第一の(二)の事実を除くその余の事実についてはいづれも有罪の言渡を為したにも拘らず第一の(二)の事実については「被告人は自白しているのであるが右自白を補強するに足る証拠がなく、結局犯罪の証明なきに帰する」ものとして無罪を言渡したのであるが、この判断は以下述べる通り刑事訴訟法第三百十九条第二項の解釈を誤り十分なる補強証拠があるにも拘らず漫然之を看過し補強証拠なきものと断じて不当に本条項を適用した結果に外ならず、到底是認し得ないところである。

一、仍つてまず補強証拠の範囲及びその証明力の程度について論ずる。(一)補強証拠の範囲 いわゆる自白の補強証拠というものは被告人の自白した犯罪が架空のものではなく現実に行われたものであることを証するものであれば足りるのであつてその犯罪と被告人との結び付きまでをも証するものであることを要せず、又必ずしも自白にかかる犯罪事実の全部にわたつてもれなくこれを裏附けるものであることを必要としないのである。このことは一部学説の反対にも拘らず最高裁判所判例の夙に認めるところである。例えば、(1) 被告人の自白の補強証拠は犯罪の客観的方面について存すれば足り犯罪と犯人の結びつきまで補強を要するものでないから自白と被害始末書のみで事実を認定しても毫も違法ではない、(昭和二十六年十一月十三日判決)(2) 被告人の自白と盗難被害届書だけで臓物運搬の犯罪事実を認定しても刑事訴訟法第三百十九条第二項に違反しない。(昭和二十五年十二月十五日判決、昭和二十六年一月二十六日訂正決定)とあり同趣旨の高等裁判所判決は枚挙に遑がない程である。(例えば昭和二十四年九月二十六日札幌高等裁判所判決、昭和二十五年二月二十日名古屋高等裁判所金沢支部判決、昭和二十四年福岡高等裁判所判決、昭和二十六年九月一日東京高等裁判所判決、昭和二十六年三月十二日広島高等裁判所松江支部判決)刑事訴訟法第三百十九条第二項は自白の証拠能力を制限し自白が有罪認定の唯一の証拠たることを禁止し、他に何等かの補強証拠の存在を要求している。併し本条項はその補強証拠の範囲及び程度につき何等の制限も加えていないから之を前記の如く解することが最も合理的であると信ずる。(二)補強証拠の証明力の程度 次に補強証拠の証明力の程度について論ずるに、補強証拠は自白と独立して之に依存することなく、専ら補強証拠のみで罪体の全部を証明し得る程度のものたることを要するものではなく、自白と相俟つて初めて罪体を認定し得る程度の心証が得られるものであれば十分であつてこのことは多くの学説判例の一致した見解である。若し補強証拠のみで罪体の全部を証明することを要するものとすれば自白の存在は無意味となり、自白の証拠能力が全面的に否定されたと同然であり、法が制限的とは謂え自白に対し証拠能力を認めた趣旨が没却される結果となる。刑事訴訟法第三百十九条第二項は自白の証拠能力を全面的に否定したものではなく自白が有罪認定の唯一の証拠となることだけを禁止し、その証拠能力を制限し補強証拠と相俟つて事実認定の証拠となすべきことを要求したものであり、之によつて架空な事実が犯罪と認定される危険を防止せんとしたのである。このように自白と補強証拠とは互に相集り相補つて完全な証明力を形成するものであるから彼此相対的反比例の関係に立つものと謂うことが出来る。即ち公判廷の自白の如く被告人は何等身体の拘束を受くることなく、又何等の供述の義務を負わず絶対に他から自己に不利益な供述を強要されることなく、全く自由な立場に置かれて任意になされたことが明かな自白に付いては、その証明力は極めて高度のものと謂うべく従つて之に対する補強証拠は之に反比例して極めて低度の証明力のものであつても差支えない。之に反し自白の証明力が低ければ低い程之に対する補強証拠の証明力は一層高度のものたるを要することとなる。若し夫れ自由心証主義の建前よりすれば自白のみに依り心証形成が十分な場合は何等他の証拠を必要としないことは理の当然であり旧刑事訴訟法はこの見解の下に制定せられていたと解するのである。唯現行法は自白の証拠能力を制限し公判廷の自白と雖も唯一の証拠たるを許さず必ずや他に何等かの補強証拠の存在を必要とする旨を規定するが故に、自白に関する限り仮令最高度の証明力を有するものであつても尚且つ何等かの補強証拠を必要とするに過ぎない、さり乍ら自白の証明力と補強証拠のそれとの関係は相対的且つ反比例の関係に立つものなること前述の如くであり、且つ公判廷における自白が極めて高度の証明力を有することは「憲法第三十八条第三項にいわゆる「本人の自白」には判決裁判所の公判廷における被告人の自白を含まない」とする最高裁判所の数多の判例(例えば昭和二十七年六月二十五日大法廷判決)に徴しても明白であるから、現行刑事訴訟法上「被告人は公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には有罪とされない」としても被告人が判決裁判所の公判廷において合理的な自白をしている場合には、この自白の補強証拠は最小限度の証明力を有するものにて足りると解するのである。

二、ひるがえつて本件について之を見るに、被告人は公訴事実第一の(二)の事実についても、その余の公訴事実と同様に司法警察員(記録五十九丁以下)検察官に対し(記録四五丁以下)及び原審公判廷に於て終始一貫詳細明白且つ具体的にして条理に適合した自白をして居り、その各供述を通じて何等の矛盾撞着なくその任意性並に真実性を疑わしむる余地がないのである。それ故本件自白は極めて高度の証明力を有するものであり従つて之が補強証拠は極めて低度の証明力を有するものであつても本件を有罪と認定するのに毫も差支えないわけである。

以下本件補強証拠について按ずるに(一)被告人は横山富雪から前記の如く金一万円の供与を受けた時の情況に関し検察官に対し「其の次横山から金を貰つたのは同月(昭和二十七年九月)十六日頃で前日高橋覚治と二人で来いと言う電話があつたので高橋と二人で白石町の横山富雪方に行つたのであります。その際富雪が私を別室に呼んで足代だと言つてハトロン封筒の厚いのに入れた現金一万円を私にくれたのであります。」(検察官に対する第三回供述調書記録第四八丁表十一行乃至同丁裏九行目)と供述するところ之を裏付けるものとして高橋覚治の検察官に対する供述調書(記録第二四丁以下)がある。即ちこの供述記載は「前日横山富雪から、明日の朝岩佐巳之七と二人で来てくれとの電話があつたので、翌十六日午前八時半頃の汽車で岩佐巳之七と二人で横山宅を訪れ、初は三畳間で待つていたが十時頃横山は岩佐巳之七を別室に呼んで、約十分位して巳之七は出て来た。選挙の時期でもあり、岩佐だけを別室に呼んだのであるから、きつと選挙の金が受授されたものと推察されたので、「金を貰つたかということは聞いて見なかつた。私も五、六日前に選挙事務所の方で横山から一万円貰つているのでその時は貰わなかつた」(記録第二五丁表一行乃至同丁裏九行)と謂うにあつて、以下述べる理由により高度の補強価値を有するものである。即ち(1) この供述記載は本件自白した事実の存立の基礎を裏付けするものである。この供述により被告人が自白にかかる日時に高橋と二人で横山宅を訪ねたこと、被告人だけ横山から別室に呼ばれたこと、十分位で出て来たことの事実即ち被告人の自白した事実の基礎をなす外廓が完全に裏付けされるのである。(2) この供述記載は自白にかかる事実(罪体)に直接する証拠である。高橋覚治は被告人が横山に呼ばれて別室に入り、十分位で出て来た事実を直接目撃したのであるが被告人が横山から一万円貰つたという自白にかかる事実は正にこの十分間に行われたのである。換言すれば高橋覚治はこの金の授受された所謂別室における十分間の被告人と横山との行動を眼前に見てはいないが、授受の直前と直後の行動を現認しているのであるからこの供述記載は極めて強力な補強証拠と謂わねばならない。原審がこの証拠の存在を認めながら「自白を補強するに足る証拠がない」としたのは現実に金の授受される現場を目撃したのでないからであろうか。若し然りとすればこの見解は補強証拠につき独立証拠と同一の証拠力を要求するものであつて前記判例等に徴し不当であると謂わねばならない。尚この供述記載は、被告人自身も横山から五、六日前に一万円貰つていること及び選挙の時でもあるから被告人が別室に呼ばれた際きつと横山から選挙の金を貰つたに違いないということを確信して疑わない旨を附加している点から見て一段と補強価値を添えるものである。(二)公訴事実第二の事実の存在 公訴事実第二は被告人は横山富雪と共謀の上、星政吉に一万円を供与したとの事実であるが、この点について星政吉の供述(記録三十二丁以下)もあり明白なので原審も有罪を言渡している(原判決第四の事実)右有罪認定事実の中「横山富雪と共謀」の点は結局被告人の「別室で横山から自分の分として一万円、別に星政吉に渡してくれと依頼されて一万円を受取つた」旨の自白に基くものである。従つてこの有罪と認定された公訴事実第二の事実の存在は一面には間接乍ら右自白の一部である「自己の分として一万円貰つた」という公訴事実第一の(二)の事実の部分に関する被告人の自白についてもその真実性を推測せしむるものであり他面には佐藤忠治郎の為違法な選挙運動をするに付横山富雪と被告人との特殊関係の存在を示すものであつてこの関係は被告人が横山から金一万円を受取つたという自白を裏付ける情況証拠となるのである。(三)公訴事実第一の(一)及び(三)の事実の存在 右はいづれも被告人が横山から五千円づつの供与を受けた事実であるがこの点については原審でも有罪を言渡している。この事実の存在は間接ではあるが公訴事実第一の(二)の事実の存在を推測させるものであるから或る程度の補強価値を有するものと思料する。(四)尚被告人と同業の藁工品業者多数がいずれも横山から多額の投票買収金の供与を受けた事実につき起訴せられ有罪の判決を受けていることは原審裁判所に顕著な事実であり、この情況も亦本件自白の真実性を推測せしめるものであるから一の補強証拠と言うことができる。以上(一)乃至(四)の各証拠は被告人が公訴事実第一の(二)記載の如く横山から現金一万円の供与を受けたという自白の補強証拠として十分なるものと思料する。然るに原判決が第一の(二)の事実につき「自白を補強するに足る証拠がない」としたのは刑事訴訟法第三百十九条第二項の解釈を誤り不当に本条項を適用したものであつて当に法令の適用を誤つたものと謂うべくこの誤りが判決に影響を及ぼすものであることは論を俟たない。

論旨第二点、原判決は事実を誤認した違法がある。即ち原判決は上述の通り本条項の解釈適用を誤つた結果、十分なる補強証拠があるにも拘らず「自白を補強するに足る証拠がなく結局犯罪の証明なきに帰する」とし有罪と認定すべき事実を無罪と認定したものであるから明らかに事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすものであること之亦謂うまでもない。之を要するに原判決は刑事訴訟法第三百十九条第二項の解釈を誤つた結果、不当に本条項を適用し、延いて事実を誤認するに到つたものであるから同法第三百九十七条に則り破棄を免かれないものと思料し本件控訴に及んだ次第である。

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